2021-03

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CC15042

場所は滋賀県大津市仰木町。豊かな自然に囲まれた場所。
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CC15042

照らされて光っているようで、自ら輝いているように感じる山々。また棚田の永遠性。あらゆる自然が自ら輝いている。その中で白い車の白。建物の壁の白。この扱いに戸惑う。
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CC15041-2

場所は滋賀県大津市南志賀。時間は16時ころから17時ころまで。
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CC15041-2

先ほど描いていた感覚の反動で、「見つめる」という作業に疲れたため、風景を観察程度に留めて描いた。風景画の定義を知らないが、風景として大切なものはと考えると、空気感だろうか。
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CC15041-1

第一段階として、空と湖のコントラストは水平線を起点にはっきりと分かる。今日は曇っていたので時間による光の動きは少なかった。そして第二段階。湖面はとても暗く、そして空も暗くなってくる。
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CC15040

桜の花が陽に照らされて作る光の面の形状にに惹かれてここを選んだ。意識しなければ認識する明度を高めているが、それに意識をフォーカスさせると、段々と明度は落ちていく。花の特性である自ら発する光の強烈さは、感覚で捉えないと間違えてしまう。
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CC15036

紙に鉛筆での素描。原画の販売です。額装についてはご相談下さい。この作品は建物を描写の対象にしたものです。光と影のコントラストを画面左右で埋めて、光と影の根底に迫ります。風景の中に、どこにでもある物との境界そのものには、新しい世界が潜んでいるでしょう。
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CC15036

空気感のような、それとも何か空気と似たような何かが画面に浮き上がってきてからは、それを基点として描き進めた。実際に風景を眺めていてもその何かに意識が向き、光と影はその奥、もしくは手前に認識されたが、その何かを感知していることでどこか別のもの、
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CC15034

影を物質として観るときには、光との境界を創り出す。それとは反対に建物の日陰を光として観るときには、日なたの明度に意識が向く。それを進めていくと鮮度が現れるが、ずっと眺めていると色がないように感じる。目に届く色は知っている。ただじっと見ていると色は本当なのか?と疑うしかなくなる。
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CC15033

日の当たらない場所では光が見やすく、風景の外へ連れて行ってくれる。石段の凹凸で出来る陰影、もしくはエネルギーの強弱。そこに存在しているのかどうなのか分からないほどに、意識は風景の外へ向かう。たちまち日が当たれば、この目には風景となるが、少し経つとその日向も風景の外へ誘う。
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CC15031

それぞれの境界線をなぞることは物質を描くことに繋がる。風景を描くなら空気感を描くため、それこそ空気を描く。光を描くなら光を描く。エネルギーも。空気感、光、エネルギーそれぞれには境界線は見当たらなく、線を描くことは出来ない。ただ今日は境界線に沿うような形で線を引いてもいた。それは描かれたものを見ると、物質を描いているようにも見え危険なことだが、そう見えないためにはどうすればよいのかを探っていた。ぴたりと明度が合えば物質感よりも光を捉えていると感じられるだろう。その「ピタリ」は少しの気の緩みでもずれてしまう繊細なものであるから、素早く描くということは相当な経験が必要であるということが分かった。ただやはり無難に、物質に見る境界線に対して直角で処理したほうがいいだろう。
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CC15029

今の自分に感じ取れること、それをキャンバスに表現する技術的な面において全て出し切った。場所を変えて、この対象から学んだことを生かし、さらに理想へ進める。
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CC15028

鮮度を上げると、うすくなる。今日で14日目。どこに違和感を感じているのか未だはっきりしていないが、今日で少し気づいたと思っている。思い込んでいるだけかもしれない。現に色彩の鮮度は周囲と溶け込むようになっていて、この過程は3年ほど前に通り過ぎたが、またやってきた。
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CC15026

画面全体(長方形)を作品としてきている癖によって、周囲の余白が気になり、どうしても画面全体を作品としてしまい、結果インパクトの薄い印象になる。ただ油彩ではまだ試していないので、これから油彩で試していこうと思う。伝えたいことをシンプルにさせるためにはどうすればいいかの試行錯誤である。
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