風景

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CC15061.1

これまでのこだわりや、取り決めなど。過去の自分に対する敬意を保ち、これからも絵に対する姿勢や描写に対する想いを更新していく。
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CC15058.1

建物の形状と色、そしてその周囲の景観に惹かれて描いたが、確実に構図の取り方が失敗だと感じた。いつも感覚で進めていくので、こんなことは数えきれない程経験しているが、全く訳の分からないことをしていた。
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CC15057

フォーカスさせればそれ以外の部分はなくなる。なくならないように周囲にも気を配り観察することは、フォーカスできていないことになるので、表現自体が変わってくる。何を描くかで全く違う視線が必要となる。
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CC15056

今日はカフェ内で描いていた。大津市役所のすぐ近くにあるCafe Marvelというお店。テーブルや椅子など素材もデザインもよくてとても落ち着く空間だが、長居しすぎるのも迷惑かなと気にしながら描いていた。
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CC15055

線の流れが鑑賞にどれほど影響するのか、そんなことを気にしながら描いていた。あらゆる方向の線を画面に定着させることで、線自体を見せることが可能になってくる。
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CC15052

光と影を繋げる響き。この世界のあらゆる全て想いが響き渡り、揺れて、流れて煌めいて寂しくて、寂しくて、温かい。太陽の光が揺れて舞い上がる。青。また知らない町のどこかで響かせ、流れて煌めいて寂しくて、温かい。
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CC15049

目で捉えた瞬間の風景は、1分後に捉える風景とは全くの別物なのかもしれない。自然や植物とは一方的なコミュニケーションだと思い易いので、1分後に捉える風景とは全くの別物と受け取ることに違和感をそれ程感じない。
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CC15048

戸外制作でも、想像での制作でも、作者のフィルターに汚れが付いたままでは、スムーズな表出は難しい。ここで言う汚れとは、制作意図、制作理由などである。
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CC15047

一つの風景として見たときと、あらゆる対象を細かく凝視したときには、それぞれの印象はかなり違う。どちらかを選択するかというよりは、瞬間の判断に委ねられる。
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CC15046

雨でにじむ黒鉛の面によって、意図しない明度を生み出す。そのコントラストに居心地の良さを持つ感覚は、制作というには申し訳ない気持ちを抱くが、このような自然の現象を引き合わせることが出来たと思うことで、気持ちは締まる。
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CC15045

夕暮れ時、まだ帰らない母親の帰りを待つ少年は枝で土に何かを描いている。何の意図もなく、しかし何かの想いはとても強いかもしれない。「作品」とするとき何かを手放す。
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CC15044

ものを描くときに光と影に焦点を当てたなら、描き手は人でしかない。自身の心にも対象物にも焦点を当てないように描くことで作者は無限に広がる。
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CC15043

この世界がどのようなものなのか。私たち人間の自然に備わる機能、解釈を取り払ったとき、また新たな世界が拓かれる。
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CC15042

照らされて光っているようで、自ら輝いているように感じる山々。また棚田の永遠性。あらゆる自然が自ら輝いている。その中で白い車の白。建物の壁の白。この扱いに戸惑う。
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