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描写や絵画、表現、視覚などについて思うことや、ふと頭を過ったことのメモなど。

 
Dep.15274

進展

ずっと分かってはいたけれど、大胆にそぎ落とすこと、色を乗せることに躊躇していたここ数年。今日描いたこの作品は今後の起点となるだろう感触を強く持てた。まだまだそぎ落とす内容、面の精密さ、と課題はたくさんあるが、心はとても充実していた。
現実の風景や静物を描いてきて気づいたことは、永遠がどこにでもある世界に蓋をしている認識。コップにもスプーンにも、それがテーブルに置かれてある光景にもすべてに感じてしまう。絵画は例えばコップの何を見てそのように感じているのか説明可能である。そしてそれには視線、精神、意識を丁寧に扱うことが根本にある。

2021-11-18

Dep.15252

刹那さ

薄い雲が空を覆っている場所に、陽の光が当たる箇所では、出ていないはずの虹をちらほらと感じる。どこにも出ていないが、視線を左右に振っていると、横目で虹の色彩を感じる。そんな淡い青の空をじっと眺めていると何かが脳裏に浮かぶ。とても懐かしく儚い世界。

2021-10-27

Dep.15251

崇高さ

作品には崇高さが必要ではないだろうか。それを考えるととたんに失う難しいものではある。線や色、形状や構造は、それ以上にはなれない。だがそれらを用いて表現をする。この制限が強いほどに崇高さは増すように思える。
同様に、何か一点を対象とした場合に、崇高さは増すだろう。しかし、風景を描くときにあらゆる対象に焦点を置き、描くと、散漫になる印象だ。ただし、風景でも空気感や情景を描く場合には、焦点は一点である。
何か表現するもの、ことを一点に絞り、それを表現できたとき自然と崇高さは備わっているだろう。

2021-10-26

Dep.15227

取り組みについて

何を描いているのか、という問いに対する表現を率直に画面で伝えなければという想いが湧いてきた。これまでずっと建物自体を見ている訳ではないといいつつ建物の形状なりを追うことは、鑑賞者からすればよく分からないという感想しか持たれないだろうと気づいた。「結果的に建物に見える」が自然な流れである。また、自分自身も自分の描いている内容について腑に落ちない点がようやく見つかった感じがしている。このような矛盾した行いをひとつづつ排除している段階。

2021-10-02

Dep.15153

新たな気づきが持てた。

2021-07-20

Dep.15152

油彩

久々に油彩画に取り掛かる。いかなる状況でも精神状態を安定させることに注意を向け、ようやく取り掛かることが出来た。はじめの一時間は色彩の感覚を呼び戻すのにかなり苦労した。現時点でもかなり粗い鮮度、明度だが、今日はとりあえず感覚を取り戻す第一歩が踏めてよかった。

2021-07-19

Dep.15061.1

描いている最中の気分は、あまりよくなかった。何かを決めてしまうと、それは強制的になり嫌になったりするもの。この行いは自身の中の膿を吐き出しているのかもしれない。そして、自分のことがよくわかる。ただ単に線を引いたり色を置いたりすることがこんなに難しいとは思わなかった。

2021-04-19

Dep.15004

大津に移り

大津に移り第一作目。どこにいっても選ぶ場所は似てくるので、あまり場所は関係ないが、この地域ではとても集中して描ける。適度に声を掛けられてあとはさっと居なくなる。気のすむまで取り組める。この作品も一旦完成としたが、これから何度も更新を続けるだろう。

2021-02-21

Dep.14952

今年最後の太陽

今年一年、誠に有難うございました。
今年は3月に個展。コロナの影響で5月に予定していた個展は中止となりました。このことで作品を発表する手段を色々と模索し、少しずつ行動に起こしてきた一年となりました。そもそも画家としての活動は描くことだと思っています。しかし自分の発表意欲のなさは芸術家としては失格と感じていることから、これからも作品を知ってもらえるよう色々と行っていきます。

2020-12-31

Dep.14950

帰り道思いにふける

窓に見る涼しげな光。壁に見る涼しげな光。空の懐。それぞれが隣り合い接触する部分に惹かれる。永遠を感じる。幼少のころよく空想した架空の場所での果てしない幸せのなかで、果てしない充実感を味わい台地を走っているときの感覚を思い出す。
なんでもいい。どこにでもある、目に見えるものから、永遠が見える。凄すぎる世界に囲まれながら、人間の「慣れ」という機能が世界を確固たるものとさせている。
ところで、今日描いた帰り道考えていたことは、「貴重」と「必要」について。
「必要」は文字通り、人にとって必要なのである。需要。ここにお金が流れやすいのは言うまでもなく、ただ「貴重」については、必ずしも人にとって必要なものではないことが多い。貴重だという誰かの感覚を共有するには、といろいろ考え巡らすと面白い。
絵画について、それこそ絵画は貴重なものに入る。そして最近知った美術界における「文脈」。ただ自分にはそんなのは合っていない。だがアウトサイダーアートでもない。
貴重を獲得すること。そのためには何をどうすべきか。とりあえず自分の目指す感覚を進める。

2020-12-29

Dep.14949

感覚のズレ

今日は建物の上半分をフォーカスし、空との対比を画面全体に収めたかったが、いざ描いてみると地面まで入ってしまった。ズームの感覚が掴めない。
ここ最近意識はしているが、どうも想いとは違い小さくなってしまう。
対象との距離によって認識が異なることは分かるが、意識でズームできる限りそれを再現させることも可能であると感じるのだが、どうも対象との距離に左右されてしまう。
言い換えれば、空間を見ることが出来ているんだと良いように解釈しておくこともできそうであるが。
視点をずらしていくと、いつの間にかズームの計算を忘れてしまっていることに、これを書きながら感じた。計算は嫌いなので、要は近づけということか。

2020-12-28

Dep.14948

創作の拠点

作品の目指す様子とあの土地の雰囲気が似ていると感じたため、来年1月に大津への引っ越しが決まった。アルバイトしながら進めていくから、これまでのように時間を独占できることはないが、ストレスのない日々が期待できる。もう決まっている。画業は益々順調に進む。

2020-12-27

Dep.14810

生死

死ぬのが怖いという認識は変えたほうがいい。体が動いているから生きているという認識も同時に変えたほうがいい。ある意味、死人は沢山動いていて、体もなく生きている人は沢山いる。そもそも生と死はどうでもいいと思っている。意識については外部の影響がどれほど受けているかの自覚が出来ていれば、自分の意識として用いることが出来るだろう。それが出来ていなければ、判断や行動には様子を見たほうがいい。自身の内面の様子を。

2020-08-11

Dep.14782.2

Landscape

対峙する風景から受ける感覚を画面に宿すことは無謀なので挑戦しがいがある。感覚は流動的だから、僕自身どの段階でストップさせればいいのか自問自答の中、認識が僅かでも変化したなら上書きをし、という作業を続けること、この作品では約3年を費やし本日終わらせた状況となる。ある意味単なる風景画。この単なる風景が、目に映すものが抽象的すぎるので捉えようがない。こちらの意識でも操作出来るくらいに繊細だから、慎重にならざるを得ない。

2020-07-14

Dep.14672.2

和識

今日から個展が始まった。色々と会話を交わす中で絵を描く以前の話をし、そのころ断念したが作曲で求めていた平等性や平和といったテーマに向き合っていることを思い出した。現在の物のとらえ方、描き方、描く姿勢。何も変わっていないことにある種安心しているが、展示した作品を胸を張って提示することに躊躇してしまう複雑な心境の中身を、じっくりと見極めて今後に繋げなければならない。技術の未熟さだけではなく、作品の大きさだけでもなく、画材だけでもなく、この過去3年間取り組んできたもの、何に対して進めてきたのか。的があるなら間違っていたのか。どうなのか。よくわからないが、わからなければこの心境をずっと繰り返す様子は想像できる。

2020-03-26

Dep.14331

美の要素

小さな視点では、意図せずただ作業を継続することによって対象に生まれるパターン。もう少し広げた視点では、日々の継続によって他者から見られる自身に見るパターン。パターンから外れたとき、パターンを知り、そこには美がある。パターンから外れるもの、そしてパターン、共に善しとすることが、ありとあらゆる様々な流れはスムーズになる。

2019-04-20

Dep.14252.4

The contrast

我々が本当に物体を知ることとは、その物が放つ光のような振動を感知することで知る。Knowing that we truly know the object knows by sensing the vibration like light emitted by the object.

2019-01-31

Dep.14212

作品の保管

和紙を経て、より長期保存に耐える紙を探し高知麻紙を現在使用していることから、作品を保管するものを考えていたところ、木箱を用意しようと製作した。
が、作ってから湿度や密閉度などが気になり少し調べてみたところ、為になる文章を見つけたので以下メモさせてもらう。---全国手すき和紙連合会ウェブサイトより引用---キーワードは「健康な繊維」と「箱」です。
保存性の良い和紙は、健康な繊維からできています。原料のコウゾ、ミツマタ、ガンピの靭皮から繊維を取り出すために、靭皮をアルカリ性の液で煮ます。この時に、木灰、石灰などの弱い薬品を使うか、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)などの強い薬品を使うかで、繊維の傷み方が違います。木灰、石灰ではその後の水洗工程でも繊維中にアルカリ分が残留しやすいので、できた製品を弱アルカリ性とし、酸の攻撃から紙を守る作用も期待できます。紙を白くするための漂白剤を使用すると、さらに繊維を傷めることになります。一方、マイルドな処理では、靭皮中の傷害部などの変色部がそのまま残りやすく、良い紙をつくるには原料の処理に手間がかかりますので、紙の価格は高くなります。現在主に用いられているタイコウゾは樹脂を多く含むので、強い薬品を使用せざるを得ず、保存性の良い紙をつくるには適しません。化学(木材)パルプを多量に混合することも保存性に悪影響を与えます。なぜなら、化学パルプはさらに強い化学処理を受けて製造されているからです。
紙の劣化には、水、酸素そして光や熱が重要な働きをします。光、特に紫外線(UV)は繊維を直接傷めますし、熱(高温)は劣化を早め、紙を乾燥させて害を生じさせます。ですから、夏の暑さや、冬の暖房などは紙に悪影響を与えます。 酸素は紙を酸化させて傷めます。そのため、非常に重要な紙資料は酸素のないケース中に保管されています。良い脱酸素剤と酸素を通しにくいフィルムが市販されるようになってきたので、今後は手軽にこの方法が使えるようになるでしょう。 湿度の高い所に紙を置いておくと、微生物による損傷をうけます。かびがその代表ですが、フォクシングと呼ばれる褐色の斑点の生成、日本画を描く際などに水が均一に浸み込まなくなる「カゼひき現象」も微生物によって引き起こされているらしいことが分かってきていますので、相対湿度(RH)六〇~七〇パーセントを超えるような環境に紙を保存することは、避けねばなりません。 紙の劣化を「酸」と「水」によるセルロース(繊維素)の分解(酸加水分解)であると考えると、低湿度のほうが紙中の水分量は少なくなるので望ましいことになります。一方、紙中の水分はセルロース間あるいはセルロースの束(フィブリル)間で潤滑剤の役割を果たしているので、水分量が高いほうが紙は柔らかくなります。したがって、本や巻物を開く場合に乾燥している紙は変形しにくく、傷みやすくなります。たとえば、折り曲げ強さが、相対湿度五パーセントでは六〇パーセントの時の十分の一以下となります。さらに、紙を乾かしすぎると、セルロースフィブリル同士が結合してしまい、次に水が戻ってきてももはや開かないという現象が起こります。湿潤と過乾燥を繰り返すとこのような結合がどんどん増え、紙は硬くしかし脆くなってしまいます。
このような湿度の変化の影響や、ほこり、光などから紙資料を保護する方法として、「箱」に入れる方法が推奨されています。
桐箱だけでなく中性紙で作った紙箱にも保護作用が認められています。箱に入れる際の注意点は、紙が湿気ているような、悪い状態で中に入れないことです。そうすると、かえって悪い条件を長く保つことになってしまいます。また、箱の中で虫食いなどの害が生じていることもありますので、定期に点検をする必要があります。これが伝統的な「目通し・風通し」で、点検のついでに、箱の中にこもりがちな湿気も日陰で干すことにより除いてやる保存の極意です。(稲葉政満)※参考文献『和紙の手帖?』(全和連発行)p58-59 全国手すき和紙連合会発行http://www.tesukiwashi.jp/p/arekore30.htm

2018-12-22

Dep.14181

露わ

人の本性も露わになる場面を見たり、出会えたりするのは僕にとって幸せなこと。それが音楽であったり絵であったり、芸人であったり、素直に表出されていれば、無条件に貴重な物であったり、人であると感じます。ただ表出の過程で色付けされるのは貴重さを失う。ただ思う通りに進めればいいだけのことが中々難しいから、偉大な芸術家は存在出来ている。表現しようとすれば失敗する。

2018-11-21

Dep.14112

明度

何か納得のいかない日々の中、今日その原因のようなものを自覚したと決意する。明るいと感じた度合に対して、それを描く際には明度を現実のスケールに置きなおす癖を発見した。これは致命的なミスであり、やってはいけないことである。このミスによってまた前進できた心地は有難いが、これまでの時間を悔やむ気持ちも大きく、プラマイゼロである。

2018-09-13

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