HIROMITU FUJIKI


HFD Text

描写や絵画、表現、視覚などについて思うことや、ふと頭を過ったことのメモなど。

 
Dep.15437.1

夕食を食べながら

ふと昔のことを思い出した。
小学生の頃父親から「お前の思いつくことなんかもうどこかで誰かやってる」と言われたことです。
現在に至っても、同じテーマ、着眼点でも扱う人間が違えば違うものになるとは思うものの、全く楽しくない。どこかにあるはずだとずっとずっと探し求めてる。

2022-04-30

Dep.15419

デジタル化

音楽で言うところの音符。これと同様に紙に何かを書いた時点でも同じことが言えそうで、そこからはみ出す情報が画家がフォーカスすべき表現なのかなと思っています。
何がはみ出すのかは作家によって異なるでしょうけど、それが浮彫になるような描写法なんかを詰めていくことは重要なのかなと思います。

2022-04-12

Dep.15359

希望

何か掴めたような気がして興奮した。

2022-02-11

Dep.15341

12周年

画業12年目を迎えた。対象の認識の仕方は様々に変化してきている。世界がひっくり返ったかのような大きな変化や僅かな変化。それによって描写の方法も変わり、いわゆる画風も結構な数の変化を繰り返してきている。未だに定着しない、もしくは画風を固定させたくない想いによって、「自分の作品だ」と大きく発表したいという気持ちが沸かない。大概のことに執着しなさすぎることは問題だとは自覚していながらも、取り繕うことに抵抗があるため出来ない。やっていきたいのは「見る」ということに対する探究だ。その研究結果が日々の絵だ。何かそれで人々に有意義なものを提示できるかというと分からない。ただ、わたしの絵は「見ている」を観ることができる。もっといえば、世界はどんな様子で浮かんでいて、私たちの日常を象っているのかということが気付けるかも知れない。目の前にある本棚、あるいは建物。様々なものはなぜ見えるように存在しているのか、そしてこの現象はどれだけの奇跡を含んでいるのかという事実に触れることができるかもしれない。こんなことしか言えない。

2022-01-24

Dep.15316

2021年

今年は活動拠点を移し、絵を進めていくのに中々厳しい状況も続いたが、気持ちの面、描写の面でも充実している。絵を描いていないときの葛藤は多いが、描きだせば忘れる。

2021-12-30

Dep.15274

進展

ずっと分かってはいたけれど、大胆にそぎ落とすこと、色を乗せることに躊躇していたここ数年。今日描いたこの作品は今後の起点となるだろう感触を強く持てた。まだまだそぎ落とす内容、面の精密さ、と課題はたくさんあるが、心はとても充実していた。
現実の風景や静物を描いてきて気づいたことは、永遠がどこにでもある世界に蓋をしている認識。コップにもスプーンにも、それがテーブルに置かれてある光景にもすべてに感じてしまう。絵画は例えばコップの何を見てそのように感じているのか説明可能である。そしてそれには視線、精神、意識を丁寧に扱うことが根本にある。

2021-11-18

Dep.15252

刹那さ

薄い雲が空を覆っている場所に、陽の光が当たる箇所では、出ていないはずの虹をちらほらと感じる。どこにも出ていないが、視線を左右に振っていると、横目で虹の色彩を感じる。そんな淡い青の空をじっと眺めていると何かが脳裏に浮かぶ。とても懐かしく儚い世界。

2021-10-27

Dep.15251

崇高さ

作品には崇高さが必要ではないだろうか。それを考えるととたんに失う難しいものではある。線や色、形状や構造は、それ以上にはなれない。だがそれらを用いて表現をする。この制限が強いほどに崇高さは増すように思える。
同様に、何か一点を対象とした場合に、崇高さは増すだろう。しかし、風景を描くときにあらゆる対象に焦点を置き、描くと、散漫になる印象だ。ただし、風景でも空気感や情景を描く場合には、焦点は一点である。
何か表現するもの、ことを一点に絞り、それを表現できたとき自然と崇高さは備わっているだろう。

2021-10-26

Dep.15227

取り組みについて

何を描いているのか、という問いに対する表現を率直に画面で伝えなければという想いが湧いてきた。これまでずっと建物自体を見ている訳ではないといいつつ建物の形状なりを追うことは、鑑賞者からすればよく分からないという感想しか持たれないだろうと気づいた。「結果的に建物に見える」が自然な流れである。また、自分自身も自分の描いている内容について腑に落ちない点がようやく見つかった感じがしている。このような矛盾した行いをひとつづつ排除している段階。

2021-10-02

Dep.15153

新たな気づきが持てた。

2021-07-20

Dep.15152

油彩

久々に油彩画に取り掛かる。いかなる状況でも精神状態を安定させることに注意を向け、ようやく取り掛かることが出来た。はじめの一時間は色彩の感覚を呼び戻すのにかなり苦労した。現時点でもかなり粗い鮮度、明度だが、今日はとりあえず感覚を取り戻す第一歩が踏めてよかった。

2021-07-19

Dep.15061.1

描いている最中の気分は、あまりよくなかった。何かを決めてしまうと、それは強制的になり嫌になったりするもの。この行いは自身の中の膿を吐き出しているのかもしれない。そして、自分のことがよくわかる。ただ単に線を引いたり色を置いたりすることがこんなに難しいとは思わなかった。

2021-04-19

Dep.15004

大津に移り

大津に移り第一作目。どこにいっても選ぶ場所は似てくるので、あまり場所は関係ないが、この地域ではとても集中して描ける。適度に声を掛けられてあとはさっと居なくなる。気のすむまで取り組める。この作品も一旦完成としたが、これから何度も更新を続けるだろう。

2021-02-21

Dep.14952

今年最後の太陽

今年一年、誠に有難うございました。
今年は3月に個展。コロナの影響で5月に予定していた個展は中止となりました。このことで作品を発表する手段を色々と模索し、少しずつ行動に起こしてきた一年となりました。そもそも画家としての活動は描くことだと思っています。しかし自分の発表意欲のなさは芸術家としては失格と感じていることから、これからも作品を知ってもらえるよう色々と行っていきます。

2020-12-31

Dep.14950

帰り道思いにふける

窓に見る涼しげな光。壁に見る涼しげな光。空の懐。それぞれが隣り合い接触する部分に惹かれる。永遠を感じる。幼少のころよく空想した架空の場所での果てしない幸せのなかで、果てしない充実感を味わい台地を走っているときの感覚を思い出す。
なんでもいい。どこにでもある、目に見えるものから、永遠が見える。凄すぎる世界に囲まれながら、人間の「慣れ」という機能が世界を確固たるものとさせている。
ところで、今日描いた帰り道考えていたことは、「貴重」と「必要」について。
「必要」は文字通り、人にとって必要なのである。需要。ここにお金が流れやすいのは言うまでもなく、ただ「貴重」については、必ずしも人にとって必要なものではないことが多い。貴重だという誰かの感覚を共有するには、といろいろ考え巡らすと面白い。
絵画について、それこそ絵画は貴重なものに入る。そして最近知った美術界における「文脈」。ただ自分にはそんなのは合っていない。だがアウトサイダーアートでもない。
貴重を獲得すること。そのためには何をどうすべきか。とりあえず自分の目指す感覚を進める。

2020-12-29

Dep.14949

感覚のズレ

今日は建物の上半分をフォーカスし、空との対比を画面全体に収めたかったが、いざ描いてみると地面まで入ってしまった。ズームの感覚が掴めない。
ここ最近意識はしているが、どうも想いとは違い小さくなってしまう。
対象との距離によって認識が異なることは分かるが、意識でズームできる限りそれを再現させることも可能であると感じるのだが、どうも対象との距離に左右されてしまう。
言い換えれば、空間を見ることが出来ているんだと良いように解釈しておくこともできそうであるが。
視点をずらしていくと、いつの間にかズームの計算を忘れてしまっていることに、これを書きながら感じた。計算は嫌いなので、要は近づけということか。

2020-12-28

Dep.14948

創作の拠点

作品の目指す様子とあの土地の雰囲気が似ていると感じたため、来年1月に大津への引っ越しが決まった。アルバイトしながら進めていくから、これまでのように時間を独占できることはないが、ストレスのない日々が期待できる。もう決まっている。画業は益々順調に進む。

2020-12-27

Dep.14810

生死

死ぬのが怖いという認識は変えたほうがいい。体が動いているから生きているという認識も同時に変えたほうがいい。ある意味、死人は沢山動いていて、体もなく生きている人は沢山いる。そもそも生と死はどうでもいいと思っている。意識については外部の影響がどれほど受けているかの自覚が出来ていれば、自分の意識として用いることが出来るだろう。それが出来ていなければ、判断や行動には様子を見たほうがいい。自身の内面の様子を。

2020-08-11

Dep.14782.2

Landscape

対峙する風景から受ける感覚を画面に宿すことは無謀なので挑戦しがいがある。感覚は流動的だから、僕自身どの段階でストップさせればいいのか自問自答の中、認識が僅かでも変化したなら上書きをし、という作業を続けること、この作品では約3年を費やし本日終わらせた状況となる。ある意味単なる風景画。この単なる風景が、目に映すものが抽象的すぎるので捉えようがない。こちらの意識でも操作出来るくらいに繊細だから、慎重にならざるを得ない。

2020-07-14

Dep.14672.2

和識

今日から個展が始まった。色々と会話を交わす中で絵を描く以前の話をし、そのころ断念したが作曲で求めていた平等性や平和といったテーマに向き合っていることを思い出した。現在の物のとらえ方、描き方、描く姿勢。何も変わっていないことにある種安心しているが、展示した作品を胸を張って提示することに躊躇してしまう複雑な心境の中身を、じっくりと見極めて今後に繋げなければならない。技術の未熟さだけではなく、作品の大きさだけでもなく、画材だけでもなく、この過去3年間取り組んできたもの、何に対して進めてきたのか。的があるなら間違っていたのか。どうなのか。よくわからないが、わからなければこの心境をずっと繰り返す様子は想像できる。

2020-03-26

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